2006年06月05日

日本とブラジルの関係

夕べのvsマルタ戦が気になり、今日はちょっと寝不足・・

さて、先日の地理で質問があったばい。

問い)日本の真裏に位置するブラジルは、日本との時差が最も大きい国である。

マルかバツか・・・バツですよね。

時差に関する地理の出題は、最近中級一般教養でも出題されつつあります。

ちょっと考えて見ましょうか???

机の上に日本を中心に書いた世界地図を広げてください。その上で、越本選手を真似てファイティング・ポーズ・・・と、これは冗談。さあ、あなたの右拳を太陽に見立てて、日本の真上に構えてみてよ。その拳が太陽で、日本は今正午。

すると、日本より東に位置するニュージーランドなんかは太陽が真上を通り越してますよね。逆に西に位置するインドはまだ東の空に太陽がある感じ。

地球は球体で360度、一日は24時間。360÷24=15

つまり経度が15度ずれると一時間の時差が生まれることになります。よって、日本がお昼だとニュージーランドは午後二時くらいで、インドは朝の8時くらい。

日本が正午だとほぼ真裏にあるブラジルは真夜中の12時、日本マイナス12時間。でも、ブラジルより15度西に動けばマイナス13時間、、、、ということで、日本と1番時差があるのは、太平洋の真ん中を横切る日付変更線をちょっと右(東)にまたいだところ・・・となりますばい。まあ、国で言うとアメリカのハワイがあたりかな。

さて、ここで「地図がない」と慌てている人、慌てて本屋で高校の地図帳を買ってはいけません。値段の割りにつぶしが利かない。どうせ買うなら、イミダスや知恵蔵などで地図帳が付録についているものをお勧めします。文系・理系すべての参考書に使えて地図帳よりチョッピリお高いくらいの値段なんだから。





さて、ブラジルですが、ワールドカップ予選では早々に2勝したあと、日本とは主力メンバーをはずして流すため1対1の引き分けで悠々予選通過。日本は1勝2引き分けで2位通過・・・なんてことにならないかなぁ・・・

ワールドカップが終わったら、日本シリーズでソフトバンクを応援するまで、暇ができるので、私も勉強しましょうかねぇ・・・

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コメント:いつもと違う出版社もいいかな。

2006年05月26日

東ティモールは覚えてますか?

今朝の新聞に、「東ティモールに豪軍緊急部隊150人到着・・・首都ディリで銃撃戦・・・」という記事がありましたね。読みました?

東ティモール・・・以前何回か出題されてますよね。サラっとおさらい

東ティモールは1702年にポルトガル領になりましたが、オランダとの長い争奪戦の末、1902年に島の西部がオランダ領、東部がポルトガル領となりました。

西部オランダ領はインドネシア独立時にインドネシア領となりましたが、東部はポルトガル領のまま。ところが1974年にポルトガルで政変が起きて、領内では独立運動がおこります。75年に独立宣言するのですが、76年には西隣のインドネシアに武力併合されてしまいます。(国連はこの併合を認めないままに時が過ぎます)

東ティモール独立革命戦線(フレデリン)が域内で独立運動を続けます。1996年には独立運動を指導していたベロ司教やラモス・ホルタ氏がノーベル平和賞を受賞します。

インドネシアの政権交代でスハルト大統領の後を受けたハビビ大統領は「東ティモールに特別な自治を与える気持ちはある」と名言。ちょうどアジア通貨危機の頃なので、先進国からの援助のためにも、圧制は終了させなければならなかった・・・ということでしょう。

99年には住民投票で独立を問うことになります。投票は独立賛成が多数。ところが反対派民兵が賛成は住民を虐殺する事件が多発し、豪軍中心のPKO部隊が登場。国連でもUNTAET(国連東ティモール暫定統治機構)を組織し、ここに日本の自衛隊も参加しました。女性隊員が参加した初のPKOということで注目を集めました。

結局2002年、独立国として東ティモールは出発するわけです。初代大統領は「シャナナ・グスマン氏」です。まあ、ポルトガル系、キリスト教徒が多い東ティモールはイスラム教国家のインドネシアとは例によって仲良くできないんでしょうか???

東ティモールの主な産業は「プランテーション農業・コーヒー」他には観光が有名。インドネシア、マレーシア、ブルネイとくれば地下資源の施石油・天然ガスですよね。これがあれば国家財政も潤うことでしょうが・・・

世界史→ 欧米の植民活動関係、戦後のアジア諸国の独立
地理 → アジアの産業(地下資源や農業)
政経 → 国連PKO関連

念のためにチェックしといてね。



2006年05月25日

アホですがな、解答間違い!

今日の授業受けた方、お疲れ様でした。

さて、プリントのほうですが、黒板に正解を書いていくとき、まったく関係のないこと書いてましたね。

   誤   →  正
問1の正解は1  実は3が正解
問2の正解は2  実は5が正解


すいませんでした
m(--)m

たのむから、授業中に指摘しておくれ!!!

それと、今気がつきましたが、記事の中に画像を張り込むときは、「ファイルマネージャー」という、ここのブログの機能を使えばよかったんだ・・・
すったり忘れてました。道理で視難い、文字だらけ。

きっとそれは今日の昼間、「ラッキョウ」を漬け込む作業をしていたからでしょう、というのは冗談。でも、においでクラクラしてました。(笑)

先週から、「葉わさびの醤油漬け」「小梅の醤油漬け」「梅酒」「イチゴ酒」そして今日のらっきょう・・・

ダンナから
「地震が来ても、これ食えばしばらく生きていけるか???」とあきれられてます。

2006年05月23日

ユーゴ関連、今から憶える?

モンテネグロ共和国での国民投票で、セルビアとの分離が問われています。旧ユーゴスラビアは冷戦時代、民族、言語、宗教などが違うのにモザイクのようにひとつの連邦国家を構成していました。社会主義、建国の父チトー大統領、きっとこれらが有効な接着剤だったのでしょうが、建国の父の死、社会主義経済の行き詰まりなどから分裂していきましたよね。最近の若いもんは当時子供だったから、色々あったの知らんだろうなぁ。これはもう秋以降の出題になるんでしょうが、念のために知っとくとよいかもね。

カンタンな歴史

1991  スロベニア、クロアチアが独立宣言、3ヵ月後マケドニアも独立宣言。否定するセルビア人勢力とスロベニア、クロアチアは内戦に

1992 ボスニア・ヘルツェゴビナが独立宣言。内戦拡大。特にこのボスニアは他がキリスト教中心であったのに対し、オスマントルコの影響でイスラム教徒が多いため宗教的対立の意味も含む。

1995 一応内戦状態は停止となる(デイトン合意)

1998 分離独立していない旧ユーゴの部分は「新ユーゴスラビア」を構成し、その内訳はセルビア共和国とモンテネグロ共和国であったが、その中のコソボ自治州は分離独立を目指すアルバニア系住民とそれを否定するセルビア系住民の対立となり、内戦化する。

1999 内戦の激化に伴い「エスニック・クレンジング(民族浄化)」と呼ばれる虐殺、非人道行為のひどさのため、NATOがユーゴを空爆。そういえば中国大使館誤爆ってこの時では!?

2000 新ユーゴのミロシェビッチ政権崩壊

2003 ユーゴスラビアは「国家連合セルビア・モンテネグロ」と国名変更

2006年05月19日

イタリアの大統領は「ナポリタン」?

4月のイタリアの総選挙で政権交代がありました。ACミランでおなじみのベルルスコーニさんからロマーノ・プローディ前欧州委員長へ、です。イメージでは保守から中道左派への転換、って感じです。さて、新聞記事丁寧に読んでます?不謹慎かもしれませんが、プローディ首相は大統領へ閣僚名簿を提出しましたが、その大統領は就任したばかりの「ナポリターノ」大統領。芸名ではありません。他にも重箱の隅をつつくように確認すると、新内閣は第一党はプローディさんの「連合」ですが、第二党は「マルゲリータ」です。

お遊びはやめて、イタリアには大統領と首相がいますが、大統領は国家元首、国民の直接選挙ではなく、各州議会の代表および上下両院議員によって選出され、任期は7年です。議会は人気5年ですが、下院が小選挙区、比例代表(各一票投票)で選出された議員。上院は小選挙区選挙(一票投票)、この投票での合計で自動的に比例代表も決定という形で選出された議員プラス大統領経験者、終身議員などもいるそうです。

イタリアについての詳細な出題は専門科目の政治学ぐらいでしょう。一般教養の政治では、なんかあったらたまに出るくらいですので、念のために人名を覚えておく程度でよいかも。

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